ここに生きていました。

弱くても生きていくって決めたから

  焦心

焦心(しょうしん)



いつもね、中途半端だったの。
半ば自分を客観視することができたから、私はずっと心の底から笑ったり泣いたりできなかった。
苦しい時や悲しい時は、自分よりもっとずっと辛い立場にいる人のことを考えて、「こんなことで苦しんでちゃいけない」って自分に言い聞かせてきた。それで正しいんだと思ってた。
そうやって、痛みを押し殺していることにも気づかずに。




人の気持ちに敏感な子供だった。
といえば聞こえはいいけど、人の顔色一つでオロオロして、自分の意思もコロコロ変わる。実際はそんなところ。
自分よりも他人の気持ちを考える子供だった。
といえば聞こえはいいけど、それだって結局は「自分が嫌われたくない」自己中心主義のなすところ。
人に嫌われたくない私は、自分の気持ちをごまかすことに長けていた。
どんなに痛い目にあっても、「痛くない、痛くない」ってごまかして笑ってた。
結果、気づかれなかった私の痛みは、本当に誰も知りようのないところへ埋没していった。私自身にさえ、気づかれることなく。
そうやって先延ばしにしてきた。心が痛みに耐えかねて、悲鳴をあげる瞬間を。




高校生の頃、初めて手首を切った。きっかけは、覚えていない。多分本当にくだらないこと。
カッターでシュッって付けた、本当に浅い傷。
リストカットの原因としてよく聞く、「生の実感」とか「血の温かさ」とか、そんなんじゃない。
それは言葉にできず押し殺してきた心の傷を目に見える形に転化した、ただそれだけのものだった。
血のにじんだ傷口を見つめながら、私は初めて思った。
「あ、私、傷ついていたんだ」「痛かったんだ」って。
「痛かったね」って傷口が語りかけてきて、私は「うん」とうなずいた。初めて自分の痛みを認めてあげられた。
それからは、「痛かったね」の声が聞きたくて、何度も手首を切った。
手首は傷だらけになったけど、そんなの気にならなかった。
たとえきれいな手首で生きられたとしても、傷だらけの心の上に肉体をまとって生きるなんてできるの?
私にはできない。




でもね、限界は近かった。
ずっとずっと先延ばしにしてきた「その日」が近くに迫っていること、私には分かった。
やがて私はあまり食事をとらなくなり、深く眠ることができなくなった。心臓から血を噴き出して死ぬ夢を見て、夜中に叫んで飛び起きることもあった。
その時点でしかるべき処置をとっておけばよかったのかもね。あるいは既に手遅れだったかもしれないけれど・・・今更言っても、後の祭り。
ジャストタイミング。そんな時、友人の一人が自殺未遂をした。
と言っても、手首を剃刀で浅く切る程度。原因は、よくある恋愛関係のもつれだったらしい。
私は自分にリストカット癖があることなんて棚に上げて、彼女の相談にのった。
彼女は私がアドバイスした通り心療内科に通い始め、今では沢山の薬を見せびらかしてくる。彼女を見ていると、治す気がないんじゃないかと思う。
私は彼女を心配していたし、親身になって相談にのった。けれど、心の中では中指を立てて罵っていた。
「悲劇のヒロイン気取り、死ね」って。
たとえ自分自身が苦しんでいても、自分より先に参ってしまう人がいると、必然的に自分は慰める立場になってしまう。彼女の前で、私は「強い人間」でなくてはいけなかった。
それで私は、自分の心から発せられた最後のクライシス・コールを無視してしまった。



今更言っても、後の祭り。
裸足になって床に触れると、外気にさらされたコンクリートが冷たい。
遥か上空を、ランプを点滅させた飛行機が飛び去っていく。子供の頃のように手を振ると、わけもなく涙がこぼれた。
私はポリタンクに入れて持ってきた灯油をかぶると、ブラウスの裾に着火した。・・・。
言葉にならなかった痛みが、叫びが、今炎になって私の体を焼いていく。
信じられないほどの苦痛。当たり前だ。私が生まれてから今まで溜めに溜め、先延ばしにしてきた痛みの全てを、今感じているのだから。この炎は、押し殺してきた心の傷を目に見える形に転化した、ただそれだけのもの。
激しい痛みと灼熱感の中で、私は再びあの声を聞いた。
「痛かったね」
うん、と私はうなずく。




***
今日面接で「小説を書くそうですが、どんな小説ですか?」と聞かれた。
こんなんです。(言えるか)

  蒼空




蒼空



ツメの色を赤く染めた
シャワーを浴びて赤い口紅、引いた



振り向いても
遥か未来を仰いでも
苦しくて胸焼けがする
逃げてばかりの私には
きっと何の資格もないよ
苦しむ資格さえ



赤い色が好き
蒼い空が好き
コンクリートに頭を打ち付け
仰向けで死んでみたい



でも、何の資格もないよ
死ぬ資格さえ



白い夢を見て昼過ぎに起きた
窓を開けたら
飛んでいける気がした
逃げるのはこれで最期にするから
・・・・・。

  正直者

正直者



記憶。
ブロックを積んでゆく。
薄汚れたカーペットの上にバラまかれた、一文字ずつひらがなの書かれたブロックを。
あ、い、う、え、お、か、き、く、け、こ。
覚えたてのひらがなが嬉しくて、ただ嬉しくて、五十音順に並べ続けた。
友達に外で遊ぼうと誘われても、見かねた保母に他の遊びをするように言われても、やめなかった。
ら、り、る、れ、ろ、わ、を、ん。
最後まで組み立てると、バラバラにしてまた組み直す。そんな遊びは延々と続いた。
そんな何十、何百回目のサイクル。
やの段までを既に組み終え、「ら」のブロックを探していると、年長の男の子が近づいてきた。
一人ぽつんとブロックを積み続ける私をいじめて、からかうつもりだったのだろう。
ぐしゃっ。
男の子の手が、足が、組み終えたブロックを崩してゆく。
ひらがなを崩してゆく。
五十音が乱れてゆく。
ぐしゃっ。
気がつくと私はバラバラになったブロックの一つを握り締め、男の子の顔面を殴りつけていた。何度も何度も。
男の子はいたいとかぎゃあとか、そんな意味のないことを叫んだけれど、意味がないので無視した。せめて謝るかやめてほしいと言えば、殴るのをやめたかも知れないのに。
結局、保母に引き剥がされるまで私は殴り、殴り、殴り続けた。
ブロックにこびりついた鼻血を見た時、汚いなあとまた腹が立った。



そして、今。
ここには意味のない言葉が散在している。
煙草の臭い。アルコール。食い散らかされた料理。雑音。雑音。雑音の波。溺れそうだ。
私は確かにそこにいたけれど、一人だった。ブロックを積み続けたあの日と同じ。
ここでは誰一人意味のある言葉を紡いでいない。あの男の子の悲鳴と一緒だ。
・・・彼氏の話。過去の恋愛経験。下品な下ネタ。下らない、意味のない、下劣な言葉の羅列。
私は口角を少し上げた表情を崩さずに、そこに座っていた。固まっていた。誰の話も聞いてなどいなかった。
何も話さない私を見て、誰かが苦笑する。「空気を読め」ということだろう。けれど、話すことがない。話す価値もない。だから黙っている。それの何がいけないのか、私には分からない。
不意に、誰かがこんなことを言った。
「別にあたし死んでもいいし。ってか、早く死にたいんだけどー」
周りではエーとか何言ってんのぉーとか、意味のない反応と笑いが起きる。
私は初めて口を開く。ようやく「意思」という意味を持った言葉に出会ったのだから。
「じゃあ、どうして死なないの?」
その場を包んでいた無意味なニヤニヤ笑いと、無意味な言葉が、一瞬にして凍りつく。
「どうして?」
相手は答えず、口元に引きつった表情を浮かべた後、私から目をそらした。
ややあって凍り付いていた空気が溶け出し、また意味のない言葉が飛び交い始める。
今度は完全に、私を一人のけものにして。
彼女は確かに「死にたい」と言った。
「死にたい」という言葉に反する現状。なぜ言葉の通りにしないのか、私には分からない。
なぜ言葉に嘘をつくのか、私には分からない。
なぜその理由を聞いてはいけないのか、私には分からない。
「じゃあ、死ねばいいのに」
私の言葉は、誰にも届かない。だって私は意味のない言葉の話し方を、知らない。



数日後の雨上がりの午後、街中で友人を見かけた。
あの夜、「私ぜぇったい、今の彼氏と結婚するんだぁ」と言っていた友人。
どうしてだろう?隣にいるのは、彼女の「今の彼氏」じゃない。別の男だ。なれなれしく腕をからめて歩いてゆく。
結婚するんじゃなかったの?
なぜ言葉の通りにしないの?
なぜ言葉に嘘をつくの?
私には、分からない。
気が付くと私は呟いていた。あの時男の子の顔面を殴りつけたように、何度も何度も。

「嘘つきは死んじまえ」
「嘘つきは死んじまえ」
「嘘つきは死んじまえ」

口走ってしまってから、私は思いついた。
私は私の言葉の通りにしよう。あの嘘つき女をこの世から抹消しよう。
その後で、あの夜「死にたい」と言った彼女にもう一度会って、あの言葉の真偽を確かめよう。
どのみち彼女の言葉は真実になる。あの言葉が本当ならば彼女自身の手によって、嘘ならば私の手によって。
だって嘘の言葉など、この世に存在してはならないのだから。
私は水玉模様の雨傘を握り、小走りで友人の背中を追いかけた。
私は自分の言葉に嘘をついたりしない。
私の言葉は、いつだって正しいのだから。
水溜りを避けながら、大通りをスキップするように走り抜ける。
一歩一歩、言葉を積み重ねるように。
ら、り、る、れ、ろ、わ、を、ん・・・
ぐしゃっ。

  遺志




遺志



私が死んだら、忘れてください

こんなしょうもない私が生きて、死んだことで

何も変えたくない

何も訴えたくない

だから私のことは、忘れてください

そして皆たのしく、しあわせに生きてください

私のいなくなった世界で。

この世界に私が遺していくのは

「ここに生きていました」その事実だけ。



  美談




美談



痛みを我慢した
辛いって言えなかった

痛みに気付かなかった
心の声を無視した

差し伸べられた手を握らなかった
その手を握るのは自分じゃないって思った
「私は大丈夫だから」って譲った

代わりに手を握った彼女は救われた
それで私は良かった

その結果が、このザマか

笑える。



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プロフィール


美空ゆう

Author:美空ゆう
・21歳♀
・元チアリーダー・現就活生・時々リストカッター
・ADHD、ASの疑いあり


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