そして現在 中途半端な存在編
部活を終えた時、もう私を縛るものは何もありませんでした。
リストカットに対してGOサインが出てしまったのです。
とは言え待ってましたとばかりにカッターを取り出したわけではありません。
まず、軽めの拒食症になりました。
ダイエットがきっかけでした。とにかく食べるのが怖かった。食い意地女王の私が、です。
4〜5キロ痩せたものの、就活の関係で実家に帰らなければならず、今では元通りです。実家では無理矢理食べさせられますから。
あそこまで意固地にダイエットをしていたのに、簡単にやめられたということは、拒食症じゃなかったのかもしれません。じゃあ何だったの・・・?謎です。
やがてリストカットが再発。拒食が直ってもこっちは直りません。
ブランクが長くあいたので、切り方を忘れていました。少し怖かったです。なら切らなきゃいいのにねぇ、ほんとに。
でもコツを思い出すのに時間はかかりませんでした。(コツも何もないんですけど。切ればいいだけですから)
それからは、再びどっぷりとリストカットの世界にハマってしまいました。相変わらずレベルは1ですけど(笑)
ODで死にかけた時の誓いはどこへ行ったんでしょう。答えは風の中〜♪
「死にたくない」その思いは変わりません。私は死ねません。あの恐怖に打ち勝つ自信は到底、ありません。だから死にたいなんて滅多なことは口にしません。無駄ですから。
死の恐怖にほんの少し触れられたというだけでも、私はいい経験をしたのかも知れません。
病院には行っていません。
本当は行きたいです。なぜ手首を切るのか知りたい。この生きにくさが薬でどうにかなるなら、欲しい。
病院は病気の人が行く場所です。私は病気なのでしょうか?
私は自分の意思でリストカットをしているし、自分の意思でやめることだってできます、きっと。部活をしている時がそうでしたから。
意思ばかりは薬じゃどうにもならないでしょう。リストカットはしているものの、私は精神科の患者対象外、という気がするんです。極めて中途半端な存在。
でもこのままの状態が続くようなら、せめて大学の保健管理センターでカウンセリング位は受けてみたいと思います。
現在就職活動真っ盛り。自分を否定されることに弱い私は何度打ちのめされるやら・・・。
リストカットも、ほどほどに。当面は卒業と内定を目指して生きていきます。
リストカットに対してGOサインが出てしまったのです。
とは言え待ってましたとばかりにカッターを取り出したわけではありません。
まず、軽めの拒食症になりました。
ダイエットがきっかけでした。とにかく食べるのが怖かった。食い意地女王の私が、です。
4〜5キロ痩せたものの、就活の関係で実家に帰らなければならず、今では元通りです。実家では無理矢理食べさせられますから。
あそこまで意固地にダイエットをしていたのに、簡単にやめられたということは、拒食症じゃなかったのかもしれません。じゃあ何だったの・・・?謎です。
やがてリストカットが再発。拒食が直ってもこっちは直りません。
ブランクが長くあいたので、切り方を忘れていました。少し怖かったです。なら切らなきゃいいのにねぇ、ほんとに。
でもコツを思い出すのに時間はかかりませんでした。(コツも何もないんですけど。切ればいいだけですから)
それからは、再びどっぷりとリストカットの世界にハマってしまいました。相変わらずレベルは1ですけど(笑)
ODで死にかけた時の誓いはどこへ行ったんでしょう。答えは風の中〜♪
「死にたくない」その思いは変わりません。私は死ねません。あの恐怖に打ち勝つ自信は到底、ありません。だから死にたいなんて滅多なことは口にしません。無駄ですから。
死の恐怖にほんの少し触れられたというだけでも、私はいい経験をしたのかも知れません。
病院には行っていません。
本当は行きたいです。なぜ手首を切るのか知りたい。この生きにくさが薬でどうにかなるなら、欲しい。
病院は病気の人が行く場所です。私は病気なのでしょうか?
私は自分の意思でリストカットをしているし、自分の意思でやめることだってできます、きっと。部活をしている時がそうでしたから。
意思ばかりは薬じゃどうにもならないでしょう。リストカットはしているものの、私は精神科の患者対象外、という気がするんです。極めて中途半端な存在。
でもこのままの状態が続くようなら、せめて大学の保健管理センターでカウンセリング位は受けてみたいと思います。
現在就職活動真っ盛り。自分を否定されることに弱い私は何度打ちのめされるやら・・・。
リストカットも、ほどほどに。当面は卒業と内定を目指して生きていきます。
高校入学〜部活引退 自殺ごっこ編
中学校で学んだ一番大きなことは、「目立たないこと」。
高校で目指すのは、悪口を言われない普通の人。
高校に入学してからは、目立たないように、普通の人のように振舞ったので、聞こえよがしに悪口を言われることはなくなりました。
それでも、なぜかその頃から何だかじわじわと憂鬱に。思春期は皆そういうものなのか、それとも私のそれまでの経験が災いしているのかは不明。
結局「私は要らないんだ」「誰からも必要とされてないんだ」と勝手に納得し、とうとう自殺を決意するのでした。
私がとった方法はと言うと・・・。
「まぜるな危険」の洗剤と酢をMIXして、押入れにGO☆
・・・こんな方法で死ねるわけがありません。笑えます。けど当時は私なりに本気だったのです。
結局酸っぱい臭いでしょっぱい気持ちになっただけで、もそもそと押入れから這い出して終わりました。
自殺未遂と称するのも憚られる、自殺ごっこの思い出です。
リストカットとの出会いは、友人に借りたとある漫画がきっかけでした。
問題提起作品集というお経のような名前の漫画で、テーマは「自殺」。
その漫画に、リストカットを繰り返す女の子が出てきたのです。
その漫画から得た感想は・・・
「へぇーリストカットって痛くないんだぁ・・・やってみよっかな☆」
結果として私のリストカット癖を誘発する形になってしまいました。漫画の真のメッセージを完全に無視しています。
最初は怖くて切ることが出来ませんでしたが、コツを覚えてからはカッターでシュパシュパ。
高校二年生の学校祭の夜一気に30回位切りまくったり、手首を切って血が出る様子を動画撮影して悦んだり、流れ出た血で文字を書いてみたり。完全に変態です。
でも私のリストカットなんて可愛いものです。静脈切断ブッシュゥゥーーー!!!!!なんてことは致しません。
リストカッターレベルは1くらいです。(レベルがあるのか)
自殺ごっこと言えば、他にも何度かやりました。
「もう駄目ほんと死のう」というわけで、明かりを消して、私にしては深めにリストカット。傷口がパックリ開いて、布団に血がポタリ。二回やりました。
これも今になって分かったことですが、リストカットで死のうと思ったらその程度の深さじゃ絶対無理ですね。手首を切り落とす位の気持ちで、静脈を突き刺して抉らなければなりません。無知でした。
そのうちODも覚え(勿論市販薬ですけど)、うちにあった頭痛薬や風邪薬を見境なく飲みまくり、翌朝耳が遠くなったりしました。
そのODが問題でした。
早い話が、死にかけたのです。
薬は大した量ではなかったし死ぬはずはなかったんですが、激しい動悸とめまいに襲われると突然恐怖が涌いてきました。ベッドで寝ていても、舌が喉の奥に落ち込んで息が止まりそうでした。
やはり私には本当に死ぬ覚悟なんてなかったんですね。実際死ぬとなると怖くて、恐ろしくて、たまらなかった。根性なしです。
それまで生と死の狭間にいるつもりだった人間が、「死にたくない」とはっきり自覚したときの惨めさったらありません。
ヨロヨロとトイレに駆け込み、喉の奥に指を突っ込んで吐く。水をがぶがぶ飲む。吐く・・・の繰り返し。
過食嘔吐の経験がここで役に立つとは思いませんでした(涙)
超スペシャル後悔でした。「もうしない」と心から誓いました。
でも二回やりました。
そうして私は、自傷行為の一切とサヨナラをすることにしました。
受験勉強で忙しいというのもあり、手首を切って悦に浸っている暇はありませんでした。
無事大学にも入学し、入った部活はチアリーダー部。手首なんて切っていたらユニフォームも練習着も着られません。
時たま太ももを浅く切ったり、一時的に過食嘔吐したことはありますが、環境が幸いして本格的な自傷行為には手を出さずにいられました。
昨年十二月、部活を引退するまでは。
高校で目指すのは、悪口を言われない普通の人。
高校に入学してからは、目立たないように、普通の人のように振舞ったので、聞こえよがしに悪口を言われることはなくなりました。
それでも、なぜかその頃から何だかじわじわと憂鬱に。思春期は皆そういうものなのか、それとも私のそれまでの経験が災いしているのかは不明。
結局「私は要らないんだ」「誰からも必要とされてないんだ」と勝手に納得し、とうとう自殺を決意するのでした。
私がとった方法はと言うと・・・。
「まぜるな危険」の洗剤と酢をMIXして、押入れにGO☆
・・・こんな方法で死ねるわけがありません。笑えます。けど当時は私なりに本気だったのです。
結局酸っぱい臭いでしょっぱい気持ちになっただけで、もそもそと押入れから這い出して終わりました。
自殺未遂と称するのも憚られる、自殺ごっこの思い出です。
リストカットとの出会いは、友人に借りたとある漫画がきっかけでした。
問題提起作品集というお経のような名前の漫画で、テーマは「自殺」。
その漫画に、リストカットを繰り返す女の子が出てきたのです。
その漫画から得た感想は・・・
「へぇーリストカットって痛くないんだぁ・・・やってみよっかな☆」
結果として私のリストカット癖を誘発する形になってしまいました。漫画の真のメッセージを完全に無視しています。
最初は怖くて切ることが出来ませんでしたが、コツを覚えてからはカッターでシュパシュパ。
高校二年生の学校祭の夜一気に30回位切りまくったり、手首を切って血が出る様子を動画撮影して悦んだり、流れ出た血で文字を書いてみたり。完全に変態です。
でも私のリストカットなんて可愛いものです。静脈切断ブッシュゥゥーーー!!!!!なんてことは致しません。
リストカッターレベルは1くらいです。(レベルがあるのか)
自殺ごっこと言えば、他にも何度かやりました。
「もう駄目ほんと死のう」というわけで、明かりを消して、私にしては深めにリストカット。傷口がパックリ開いて、布団に血がポタリ。二回やりました。
これも今になって分かったことですが、リストカットで死のうと思ったらその程度の深さじゃ絶対無理ですね。手首を切り落とす位の気持ちで、静脈を突き刺して抉らなければなりません。無知でした。
そのうちODも覚え(勿論市販薬ですけど)、うちにあった頭痛薬や風邪薬を見境なく飲みまくり、翌朝耳が遠くなったりしました。
そのODが問題でした。
早い話が、死にかけたのです。
薬は大した量ではなかったし死ぬはずはなかったんですが、激しい動悸とめまいに襲われると突然恐怖が涌いてきました。ベッドで寝ていても、舌が喉の奥に落ち込んで息が止まりそうでした。
やはり私には本当に死ぬ覚悟なんてなかったんですね。実際死ぬとなると怖くて、恐ろしくて、たまらなかった。根性なしです。
それまで生と死の狭間にいるつもりだった人間が、「死にたくない」とはっきり自覚したときの惨めさったらありません。
ヨロヨロとトイレに駆け込み、喉の奥に指を突っ込んで吐く。水をがぶがぶ飲む。吐く・・・の繰り返し。
過食嘔吐の経験がここで役に立つとは思いませんでした(涙)
超スペシャル後悔でした。「もうしない」と心から誓いました。
でも二回やりました。
そうして私は、自傷行為の一切とサヨナラをすることにしました。
受験勉強で忙しいというのもあり、手首を切って悦に浸っている暇はありませんでした。
無事大学にも入学し、入った部活はチアリーダー部。手首なんて切っていたらユニフォームも練習着も着られません。
時たま太ももを浅く切ったり、一時的に過食嘔吐したことはありますが、環境が幸いして本格的な自傷行為には手を出さずにいられました。
昨年十二月、部活を引退するまでは。
誕生〜中学卒業 ザ・嫌われ人生編
1986年、4人家族の次女として誕生。まだ小さいうちに引っ越したので、出生地での記憶はなし。
ごく一般的な家庭に生まれ、まともに育ったものと思っていたけど、何の前触れもなく保育園をサボって友達を公園に連れ込んだり、突然友達に「飽きたからあなたとはもう遊ばない」とひどい発言をしたり、友人宅の赤ちゃんを叩いたりしたのはあまりまともな行動とは言えないかもです…。
保育園の卒園と共に引越し。最後の日に友達とちょっとした喧嘩をして、「ゆうちゃんと同じ小学校でなくてよかった」と捨て台詞を吐かれたのを覚えています。
私は小さい頃はかなりのおしゃべりだったのに、小学生のある頃から突然ぷっつりと喋らない子になったそう。小学校で何があったんだ…。
友達のおばさんから母に電話がかかってきて、「今日ゆうちゃんが笑ってたよ!!!」と報告されたことがあるそうです。そんな奇跡か?
家ではバカ殿見てゲラゲラ笑ってたんですけどね。内弁慶でしょうか。
あまりの無口を心配したのか、親に「子供楽園村」という施設に送りこまれたことがあります。1週間酪農を体験しながら友達を作ろう!みたいな施設です。
知らないおっさんとおばさんを「お父さんお母さん」と呼び、日中は鶏や牛の世話をしたり、ハイキングに出かけたりし、夜は歌を歌ったりして過ごしました。
この経験を通し、私の人見知りと無口は確実に激しくなりました。
周りの子供達が皆意地悪に感じられたものです。
今思うと、あそこは性格のひねくれた子供の更正施設だったんじゃないかと思います。じゃあそこに入れられた私って…。
ちなみに何度か行かされました。子供地獄村。
「私、嫌われてるかも」と気付いたのは、小学校高学年の頃。
私は生粋のKYで、特に一部の男子から嫌われてしまい、5,6年生にもなるとちょいちょい悪口を言われるようになっていました。女子はどうかと言うと、女の子にありがちなグループ分裂・冷戦状態です。女子はぶりっこ(死語)ばかりで、ストレスを募らせる毎日。今思うと小学校は大奥のようなところでした。
運動神経なんてまるでないのに習わされたバレーボールも嫌で仕方ありませんでした。メンバーは同じクラスのぶりっこたちですし(笑)
小学生にして口癖は「ハァー…(ため息)」。疲れてました。
学校で腹痛が起きるようになったのはその頃からです。胃痛ではなく、消化不良のようなものでした。
「お腹痛いよぉ」としゃがみこんだ私に「知らねぇ」と吐き捨てた男子のこと、私は忘れません。
病院に行っても原因は当然不明。精神科なら分かったのかもしれませんなぁ。
小学校卒業と共にまた転校。まあ悪いことばかりではなかったし、今となってはいい思い出です。
本格的に人から嫌われだしたのは、中学生になってからでした。
私はなぜかクラスのリーダー格的な、ちょっと不良っぽい男子から嫌われやすいようです。
少数ながら気の合う友人はいましたし、一応居場所もありました。それでも腹痛、超悪化。
毎朝のように起こる腹痛に手をこまねいていました。当時私はそれが精神的要因によるものだとはまさか思っていなくて、「私は胃腸が弱いんだ」と山根君のようなことを考えていました。母は本当の原因に気付いていたようで、「気にするんじゃない!」と叱咤激励されていましたが、どうしようもありません。
腹痛と戦った3年間。その間不登校をせずに乗り切ったのは、私の誇りと言えるかも。
さらに、その頃私はジャズダンスなど習っていたのですが、今思うとダンス教室の人達からも嫌われていたっぽいです。
二人で顔を合わせる振り付けのところで不自然なくらい顔を背けられたり、くすくす笑われたりしました。
ダンス教室からは逃げるように撤退。私が何をした。グレたろかおらー。でも度胸がなくてグレられませんでした(笑)
ここまで嫌われてしまったのは偶然ではなく、多分私にも悪いところがあったのだと思います。
でもあの経験がなければ、現在の私の男性恐怖症も自意識過剰もなく、もっと女子大生を堪能できていたのかもしれません。残念です。
まあ当時の悪口の主犯も私も成人していることですし、今度会ったら大人らしく節度を持って、ビール瓶を顔面に叩きつけて血みどろにしてやりたいです☆
ごく一般的な家庭に生まれ、まともに育ったものと思っていたけど、何の前触れもなく保育園をサボって友達を公園に連れ込んだり、突然友達に「飽きたからあなたとはもう遊ばない」とひどい発言をしたり、友人宅の赤ちゃんを叩いたりしたのはあまりまともな行動とは言えないかもです…。
保育園の卒園と共に引越し。最後の日に友達とちょっとした喧嘩をして、「ゆうちゃんと同じ小学校でなくてよかった」と捨て台詞を吐かれたのを覚えています。
私は小さい頃はかなりのおしゃべりだったのに、小学生のある頃から突然ぷっつりと喋らない子になったそう。小学校で何があったんだ…。
友達のおばさんから母に電話がかかってきて、「今日ゆうちゃんが笑ってたよ!!!」と報告されたことがあるそうです。そんな奇跡か?
家ではバカ殿見てゲラゲラ笑ってたんですけどね。内弁慶でしょうか。
あまりの無口を心配したのか、親に「子供楽園村」という施設に送りこまれたことがあります。1週間酪農を体験しながら友達を作ろう!みたいな施設です。
知らないおっさんとおばさんを「お父さんお母さん」と呼び、日中は鶏や牛の世話をしたり、ハイキングに出かけたりし、夜は歌を歌ったりして過ごしました。
この経験を通し、私の人見知りと無口は確実に激しくなりました。
周りの子供達が皆意地悪に感じられたものです。
今思うと、あそこは性格のひねくれた子供の更正施設だったんじゃないかと思います。じゃあそこに入れられた私って…。
ちなみに何度か行かされました。子供地獄村。
「私、嫌われてるかも」と気付いたのは、小学校高学年の頃。
私は生粋のKYで、特に一部の男子から嫌われてしまい、5,6年生にもなるとちょいちょい悪口を言われるようになっていました。女子はどうかと言うと、女の子にありがちなグループ分裂・冷戦状態です。女子はぶりっこ(死語)ばかりで、ストレスを募らせる毎日。今思うと小学校は大奥のようなところでした。
運動神経なんてまるでないのに習わされたバレーボールも嫌で仕方ありませんでした。メンバーは同じクラスのぶりっこたちですし(笑)
小学生にして口癖は「ハァー…(ため息)」。疲れてました。
学校で腹痛が起きるようになったのはその頃からです。胃痛ではなく、消化不良のようなものでした。
「お腹痛いよぉ」としゃがみこんだ私に「知らねぇ」と吐き捨てた男子のこと、私は忘れません。
病院に行っても原因は当然不明。精神科なら分かったのかもしれませんなぁ。
小学校卒業と共にまた転校。まあ悪いことばかりではなかったし、今となってはいい思い出です。
本格的に人から嫌われだしたのは、中学生になってからでした。
私はなぜかクラスのリーダー格的な、ちょっと不良っぽい男子から嫌われやすいようです。
少数ながら気の合う友人はいましたし、一応居場所もありました。それでも腹痛、超悪化。
毎朝のように起こる腹痛に手をこまねいていました。当時私はそれが精神的要因によるものだとはまさか思っていなくて、「私は胃腸が弱いんだ」と山根君のようなことを考えていました。母は本当の原因に気付いていたようで、「気にするんじゃない!」と叱咤激励されていましたが、どうしようもありません。
腹痛と戦った3年間。その間不登校をせずに乗り切ったのは、私の誇りと言えるかも。
さらに、その頃私はジャズダンスなど習っていたのですが、今思うとダンス教室の人達からも嫌われていたっぽいです。
二人で顔を合わせる振り付けのところで不自然なくらい顔を背けられたり、くすくす笑われたりしました。
ダンス教室からは逃げるように撤退。私が何をした。グレたろかおらー。でも度胸がなくてグレられませんでした(笑)
ここまで嫌われてしまったのは偶然ではなく、多分私にも悪いところがあったのだと思います。
でもあの経験がなければ、現在の私の男性恐怖症も自意識過剰もなく、もっと女子大生を堪能できていたのかもしれません。残念です。
まあ当時の悪口の主犯も私も成人していることですし、今度会ったら大人らしく節度を持って、ビール瓶を顔面に叩きつけて血みどろにしてやりたいです☆











分からなかったり・・・
部活良かったですね♪
無理をせずに頑張って欲しいです^^Rui。不合理>ヨンシさん
「自分に要求されている」と感じたことほどやりたくなくなってしまいます。
飲み会の席で、友達が皆お愛想笑いしながら男に酒をついで回り始めたんですが美空ゆう不合理誰だって同じ人間はいないんです。
私は我が強い性格で敵ばかりつくっていたけど、ある一人の人物に出会うことができました。今の私の親友です。その人は、私の人生を変え潤不合理自分に要求されている振る舞い・思考・嗜好がなんなのか理解できても
その要求に応えるかどうかは自分が決めることですよね。
多少なら応えることもやぶさかではないけれヨンシだが断られた>ルル嬢さん
やっぱり変ですよね。
面接というより社長の独演会になってましたから…。
「会社潰れろ」
就活中何度つぶやいたことか(笑)美空ゆうだが断られたその社長オカシイですよ^^;
というかそんなことを面接で言っちゃう社長が人から嫌われてますって。
会社潰れろ^^激しく同意!ルル嬢ともだち>shigeさん
呼吸のあった友人、本当にありがたいですね。
そしてほぼ24時間営業しているファミレスもありがたいです。
>Rui。さん
お久しぶりです!体調はい美空ゆう